しとしと雨の降る浅草橋。たまたま訪れる機会に恵まれたので、用事が済んだ後に饗 くろ喜に向かった。下町らしい、のんびりとした空気が流れる町を早足で通り抜ける。
14時を少しすぎた頃に到着。並んでいる人は私の前に2人しかいなかった。10人以上の行列になっていることも多いと聞いていたので、幸運だった。お店の小窓がそっと開き、店員さんが食券の購入を促してくれる。壁に案内がぺたぺたと貼られた限定麺にも心惹かれたが、初めての訪問なのでオーソドックスな特製塩そばを選んだ。麺は細麺、平打ち麺の2種類から選べるという。おなかが空いていたので、食べごたえのありそうな平打ち麺にした。
以前はらーめん屋さんに行くと、お財布に余裕がないという悲しい理由から、その店で最もシンプルならーめん(トッピングがないもの)を注文していたものだった。ところが、ひかるくんとらーめんを食べに行くようになってから習慣が変わった。ひかるくんはいつも、味玉付きのらーめんを注文し、味玉を半分に割って私のらーめんの上に乗せてくれる。断面を上にして、味玉でスープをたっぷりとすくって口に入れると、黄身のとろりとした食感、白身に染み込んだ濃厚な塩気、そしてスープの旨みが渾然一体となって私を幸せにしてくれる。こうして、味玉をいただく刹那的な楽しさに目覚め、なおかついつもひかるくんの味玉を半分奪ってしまう申し訳なさに耐え切れなくなったため、自分でも味玉付きのらーめんを注文するようになった。次に訪問できるのはいつになるかわからないし、お店に用意されている美味しいものは味わい尽くしておきたい。
今回の特製塩そばのように、「特製」といった言葉がつくメニューには、トッピングとして何が入っているのか食券売り場ではわからないことも多い。饗 くろ喜では、シンプルな塩そばの他に雲呑塩そば、肉塩そば、味玉塩そばなどがあったため、味玉・肉・雲呑が入っているのかと推測はしてみたものの、実際のところは頼んでみるまでわからない。味玉塩そばと悩んだ末、えーいと清水の舞台から飛び降りるような気持ちで特製塩そばを選んでみた。1,100円。なかなかお高い。
カウンター席からは調理の様子がよく見える。調理台に並べられた大きな白い器に、もくもくと湯気が立つ寸胴からすくいあげられた麺が勢いよく飛び込む。隣のお客さんが、「限定を食べるために急いで仕事を終わらせてきたんだよ、残っていてよかった」なんてお店の方に話しかけている。
限定麺を作っている様子もよく見える。乗せているのはキーマカレーかな。横に長い器に、色とりどりの具材が並べられていく。見ていると食べたくなってしまうな。
卓上の案内文を読んでいると、期待値が高まりすぎて身体がはちきれんばかり。複雑な味をしていそう。「海・山・湖と、塩の種類を全て使用」が特に気になる。どのような配分なのだろう。味の違いを比べてみたい。
少し経って、私の丼がそっと目の前に差し出された。お上品で可愛らしい見ため。チャーシューの赤、小松菜の緑、半分に割られた味玉の黄が鮮やかできれい。
れんげでスープを一口すする。たおやかな女の子のように繊細な味。刺激、パンチを楽しむのではなく、旨味を心ゆくまで味わうタイプのらーめん。まるで和食のよう。平打麺はもちもちもちもちと、噛みごたえたっぷり。細麺の方が、スープの繊細さと相性が良さそうな気もする。次は細麺を選んでみよう。
スライスされた筍がたっぷり入っており、歯ざわりが癖になる。それから、スープでひたひたになった、揚げてある具材はなんだろう、香ばしくて甘い。海老の雲呑も2つ入っている。中まで熱々。味玉は塩分が濃すぎない、上品な味付けだった。チャーシューは、地団駄を踏んでしまうぐらい美味しい、好き。しっとりとしたお肉から染み出る脂は、旨味がたっぷり。
ひと通りらーめんを味わいつくしたら、卓上に用意されていた乾燥梅干しをぱらぱらとふって、スープをいただいてみる。爽やかな酸味が、舌に刺激を加えてくれる。これは良いアクセント。
特製塩そばは大盤振る舞いだなあ。様々な味、食感に翻弄される。見ためは多少あっさりしているけれども、よく噛んでゆっくりいただいたからか、お店を出た時には満腹だった。少し遠いけれど、また来よう浅草橋。次は限定麺をすすりたい。