行ってみたい有名ラーメン店はたくさんあるが、数時間待ちだの整理券配布だのという話を聞くとなかなか足を運ぶ気が起きない。それほど並ばなくても食べられる美味しいラーメンはたくさんあるのだ、と嘯いて近場で済ませることも多々ある。それでも、映画や小説の名作同様、多くの人に支持されているラーメン、この時代を代表するラーメンを食べてみたいという気持ちが知らず知らずのうちに募っていて、休暇を取得できたとある平日、世界初のミシュラン一つ星ラーメン店「Japanese Soba Noodles 蔦」へ行ってみることにした。評判を聞いて訪れてみたいと思い始めてから、もう何年経つだろう。

WEBで調べたところ、整理券は朝7時頃から配布しているとのこと。さすがに早すぎるなあと思い、平日に訪れた人のブログや口コミを見ると、どうやらお昼頃に行っても整理券をもらえるらしい。もちろん日によるとは思うが、正午に店舗へ着く電車で巣鴨へ向かった。
JSN蔦公式整理券情報 というTwitterアカウントが参考になる。電車の中で11時半頃に見たところ、「整理券13時台まで終了しました。14時台残り15枚です。15時台もまだございます。」と投稿されておりどきどき。14時台の整理券がほしい。

店舗は巣鴨駅から徒歩3分ほど。小走りで向かった。テレビで何度も見た外観に、気持ちが高まる。お店併設の駐車場のようなスペースに行列ができている。

お店の扉を開けると店員さんと目が合ったので、「整理券をいただけますか?」と尋ねてみる。店の外まで出てきてくださり、ピンク色の整理券を受け取った。「14時から14時半の間にお戻りください」とのことだ。この時に、デポジットとして1,000円を渡す。これは戻ってきた際に返してもらえる。

無事に14時の整理券をもらえたのはよかったが、2時間をどう過ごそうかとしばし考える。適当なカフェに入ってもいいのだけれど、巣鴨エリアはなかなか来ないのでせっかくなら気になっていたお店に行きたい。リストを探すと、汁なし担々麺が美味しいと以前聞いた「辣椒漢 駒込店」が10分ほど歩いた駒込駅の近くにあるようだ。天気もいいし、のんびり向かってみる。

山手線沿線なのにのんびりとした雰囲気のエリアで、歩いていてとても気持ちがいい。汁ありも美味しそうだなあ、でもやっぱり汁なしかなあ、なんて鼻歌でも歌いだしそうな足取りで向かったのだが、到着してみると休業だった。こんな時もある。いつかまた来よう。

完全におなかが担々麺モードになっていたが、気を取り直して近隣のラーメン屋さんを検索。すると、徒歩5分ほどのところに「麺処きなり」というお店があるとの情報を発見。蔦と同じく、2017年食べログラーメン百名店のうちの1軒らしい。なにより、土日祝定休という情報に歓喜する。これぞ、平日に休みをとることの醍醐味である。

12時半頃に麺処きなりに到着。店内に3つあるウェイティング席がいっぱいで外で待ったが、1分ほどですぐ入れた。

席は6つで、1席1席のスペースがゆったり取られている。カフェのようなBGMが流れ、くつろげる雰囲気だ。お一人で作られているが、提供が早いので回転も早い。お店の方は何人かのお客さんと親しげに言葉を交わしており、ここを気に入って訪れる常連さんが多そうな様子だ。

注文したのは、白醤油そば(780円)。最近高価格帯のラーメンが多い中、700円台でいただけるのはなんだか嬉しい。それほど待たずして丼が置かれた。

スープは丸みがあり、白醤油がふわりと香る。一口飲むごとに、ほのかな甘みが舌に残る。主張をしすぎない、やさしく上品な味わいなので、三つ葉の香りがのまれずに活きる。麺は細めでぱつぱつとした弾力があるが、かたすぎず、スープをぐんぐん吸う。やさしい醤油ラーメンを食べたのはなんだか久しぶりで、ほっと穏やかな気持ちになる。チャーシューのやわらかさも、穂先メンマのやわらかさも、とにかくやさしいのである。

ほっこりした気持ちにさせてくれる素敵なお店だなあと思いながら、きなりを後にした。常連さんに愛される理由もわかる気がする。

時刻は13時。先ほど辣椒漢へ向かっていた時に見つけた自然食品のお店「赤とうがらし」を覗いてみることにした。

細い道に入っていった先にあるのであまり目立つお店ではないが、ひっきりなしに人が訪れている。中には、醤油や酢などの調味料、スパイス類、チアシードといった健康食品などが所狭しと並べられている。ご夫婦だろうか、年配の男性と女性が二人で接客をしていた。冷蔵コーナーには野菜もたくさん置かれており、家の近所にあったらとても便利そうなお店だ。

以前誰かにおすすめされてほしいと思っていた調味料、「味の母」を買っていくことにした。ちょうどみりんが切れていたのだ。みりんと調理酒両方の役割を果たしてくれると書いてあるが、どのような味がするのだろう。

店を出て、ぶらぶらと巣鴨へ戻ることにした。残る30分ほどは、駅にあるアトレの本屋で過ごすのがよさそうだ。

料理本を片っ端から眺めていたらあっという間に30分が過ぎたので、14時に蔦へ着くようアトレを出た。またしても小走りで向かって最後尾につくと、すでに同じピンクの整理券を持っている人が前に並んでいる。私の前には8人並んでおり、行列の1/3ぐらいは外国人だ。

すぐに店員さんがやってきた。整理券を渡すと1,000円を返金してくれる。「食券を購入して、列の同じ位置に戻ってください」とのことなので店内に入る。空間の使い方がゆったりしていて、なんだか高級感があり、寿司屋にでもきたような気分になった。

食券を買うタイミングはまだ先かと思っていたためメニューを決めきれておらず、券売機の前でおろおろする。醤油か塩か?初めてなのでオーソドックスな醤油がいいのだろうか。ワンタン?チャーシュー?味玉?高い。高いがなかなか来られないので値段は気にしないことにしよう。それにしてもボタンが多すぎてどれを押せばいいのやら。チャーシューワンタン醤油soba、1,500円、えい!トリュフのTKGも気になるけれどラーメンもトリュフの香りがするのだったら別のごはんものでもよい気がする。しかしいっぱいあって迷う!他ではあまり見ない鶏油ご飯、250円のボタンを勢いで押す!えい!でも珍しいかどうかでいったらからすみ茶漬けも珍しいのだけど……

といった具合で軽いパニック状態になり、1,800円を券売機に入れたけれどお釣りを取った記憶がないのでおそらく50円を寄付してきた気がする。こういう時2人以上で来ると、「あ、いいよ先買って」とか言いながら後方であれこれ作戦を立てられるのでよい。

一方で、1人で来ることによって恩恵を与る場合もある。私の前にいた男性が、その前の6名(2人組3組)より先に案内されていった。しばらく待って1組が案内され、同時に私も入れることになった。前にいた4名をショートカット。申し訳なさもありつつ、ありがたい。

食券は購入時に店員さんに渡していたので、席についてほどなくしてラーメンが提供された。並び始めてからの経過時間は25分ほどである。休日だとここまでに2時間かかるという口コミも見たので少し拍子抜け。大量のインベスターZをダウンロードしてきたが、ほとんど読まずに終わった。平日って素晴らしい。

待望の蔦のラーメン、まずはスープを一口すする。最初に感じたのは醤油の香ばしさ。麺もすする。素麺のようななめらかさだが歯ごたえがあり、他では食べたことのないような特徴的な麺で面白い。

楽しみにしていたのは、トリュフオイルだ。ラーメンに添加されるとどのような表現になるのか。この塩梅が絶妙で、ともすれば他の味を消し去ってしまいそうなのに、くどすぎずスープのコクを引き立てている。かと言って、食べ進めるうちにふわっと消えてしまうような香りではなく、存在感がありスープ全体を支配している。

あまりよく考えないで注文した鶏油ご飯は私のタイプど真ん中で、素晴らしい選択にほくそ笑む。鶏油とバターがこってり濃厚で、ご飯によく合う。上にかかっているのはハーブソルトのようなものだろうか、ピリッとしたアクセントがこれまたよい。

麺の上に鎮座するチャーシューは2種類。ロースは噛みしめるとぎゅっぎゅっと旨みがほとばしる。バラは甘い脂身に驚いた。皮がもっちりとしたワンタンも未体験の美味しさだ。トッピング含め、一品一品が完成された唯一無二のラーメンで、行列にも納得である。

もちろん、人によって好みはあるので、蔦よりもこっちのラーメンが美味しい、みたいな話はあるだろう。ただ、たとえば訪日外国人のように、なかなか日本のラーメンを食べる機会がなく、あまり多くのお店を回れない人のためにとにかくおすすめの一杯を教えてほしい、と今後聞かれたら私は蔦をおすすめするかもしれない。オーソドックスな醤油ラーメンでありつつも、スープ、麺、チャーシューやワンタンそれぞれの完成度にこだわり、食べる人を圧倒する。ラーメンはただ安くて旨いものではなく、美しくて、いくらでもこだわって作リ上げることができる素晴らしい日本の文化なのだということが蔦のラーメンを食べれば伝わるのではないだろうか、とそんなことを思った。

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